経験豊富なプロフェッショナルが学びを深める:コーチングが拓く『探求する対話の場』の作り方
経験豊富なプロフェッショナルが学びを深める:コーチングが拓く『探求する対話の場』の作り方
長年にわたり培われた豊富な知識と経験は、私たちプロフェッショナルの大きな財産です。しかし、どれほど多くの経験を積んだとしても、「学び」を止めることはできません。むしろ、変化の速い現代においては、自身の経験や知識を常にアップデートし、新たな視点を取り入れ続けることが重要であると感じられている方も多いのではないでしょうか。
特に、企業研修講師や元役員といった立場にある方は、自身の経験を他者に還元することに高い関心をお持ちであり、同時に、多様なバックグラウンドを持つプロフェッショナルとの交流を通じて、自らの知見をさらに深めたいというニーズもお持ちのことと推察いたします。
ここでは、単に知識を一方的に「教えたり」「教わったり」するのではなく、お互いの経験に「問い」を重ねることで、より深い学びと新たな洞察を生み出す『探求する対話の場』を、コーチングの視点を取り入れてどのようにデザインできるかを探求してまいります。
なぜ、今「探求する対話の場」が必要なのか
経験豊富なプロフェッショナルにとって、従来の研修やセミナーのように「既に知っていること」を再確認するだけの場では、大きな満足や学びを得ることは難しいかもしれません。求められているのは、自身の「当たり前」や「成功パターン」を別の角度から見つめ直し、新たな可能性に気づく機会です。
『探求する対話の場』は、こうしたニーズに応えうる可能性を秘めています。この場では、参加者一人ひとりの経験が尊重され、その経験の背後にある思考や感情、そしてそこから得られた教訓が、互いの「問い」によって引き出されます。
このような対話を通じて得られる価値は多岐にわたります。
- 自己認識の深化: 自身の経験や知識を言語化し、他者の視点や問いに触れることで、今まで気づかなかった側面や新たな意味を発見できます。
- 新たな視点の獲得: 異なる業界や役割の経験を持つプロフェッショナルとの対話は、自身の専門領域だけでは得られない新鮮な視点や解決策をもたらします。
- 経験知の体系化と応用: 断片的な経験が、対話を通じて繋がりを持ち、より普遍的な知恵として整理されることで、他者への貢献や新たな挑戦への応用が可能になります。
- 継続的な成長とネットワーキング: 安心して自身の経験を共有し、互いに学び合う関係性は、プロフェッショナルとしての継続的な成長を支え、貴重なネットワークを構築します。
コーチングが「探求する対話の場」にもたらすもの
このような質の高い対話の場をデザインする上で、コーチングの基本的な考え方やスキルは非常に有効です。コーチングは、相手の中に答えがあるという前提に立ち、傾聴や問いかけを通じて相手の可能性を引き出す関わり方です。これを対話の場に応用することで、以下のような効果が期待できます。
- 安全で開かれた雰囲気の醸成: コーチングの基本である「傾聴」と「承認」は、参加者が安心して自身の経験や考えを共有できる心理的安全性の高い場を作ります。
- 対話の質の向上: 表面的な情報交換にとどまらず、「その経験から何を学びましたか?」「もし次同じ状況になったらどうしますか?」といったパワフルな問いかけは、参加者の内省を促し、思考を深めます。
- 参加者の主体性の引き出し: コーチは「答え」を与えるのではなく、「問い」を投げかけ、参加者自身が気づきや解決策を見出すプロセスを支援します。これにより、参加者は受け身ではなく、主体的に学びに関わることができます。
- 「教える」から「共に探求する」へのシフト: 経験豊富なプロフェッショナルは、つい「教えたい」という衝動に駆られることがあります。コーチングの視点は、この衝動を抑え、「あなたの経験について、もっと聞かせていただけますか?」といった探求の姿勢へと自然に導きます。
具体的な「探求する対話の場」の作り方と実践のヒント
では、実際にコーチングの視点を取り入れた対話の場をどのようにデザインし、運営していくのでしょうか。いくつかの具体的なステップとヒントをご紹介します。
1. 目的とテーマ設定
まずは、「何のためにこの場を開くのか」という目的を明確にします。 * 特定のテーマ(例:「VUCA時代におけるリーダーシップの意思決定」「リモートワーク下でのチームエンゲージメント」など)について、互いの経験や知見を持ち寄り、深い理解を得る。 * 自身のキャリア後半における「貢献のカタチ」について、互いの経験を分かち合い、新たな可能性を探る。 * 直面している具体的な課題について、多様な視点からフィードバックや問いを受け取り、解決の糸口を見つける。
目的が明確になることで、それに適したテーマや参加者を選定しやすくなります。
2. 参加者とグラウンドルールの設定
どのような参加者に集まってほしいかを考えます。多様なバックグラウンドを持つ方がいると、より多くの視点が得られますが、共通の課題意識を持つ方が集まることで、より深い議論が可能になる場合もあります。
そして、この場を安全で実りあるものにするための「グラウンドルール」(基本的な約束事)を定めます。コーチングの視点からは、以下のような項目が考えられます。
- 傾聴: 相手の話を最後まで丁寧に聴き、理解しようと努める。
- 非難しない/アドバイスしすぎない: 相手の経験や意見を否定せず、安易なアドバイスは控える。まずは「聴く」「問う」に徹する。
- 守秘義務: 場での共有内容を外部に漏らさない。
- 主語を「私」にする: 一般論ではなく、自身の経験や考えとして語る。
- 時間管理への協力: 貴重な時間の中で、全員が貢献できるよう時間を意識する。
これらのルールは、単に提示するだけでなく、なぜこれらのルールが必要なのかを共有し、参加者自身が納得して守る意識を持つことが重要です。
3. 対話のプロセスのデザイン
対話の形式は様々考えられます。全体での対話、少人数のグループでの対話、ペアでの対話(ピアコーチング形式)などを組み合わせることもできます。
具体的なプロセスの例:
- チェックイン: 簡単な自己紹介や、その日のテーマに対する自身の関心や期待を短く共有し、場への参加を促す。(コーチング的な「今の状態に意識を向ける」要素)
- テーマ共有と経験の分かち合い: 事前に設定したテーマについて、各自の関連する経験や具体的な事例を共有します。ここでは、単なる事実だけでなく、その時の思考や感情、判断の背景などを語っていただくことを促します。(「語り」のフェーズ)
- 探求する問いかけ: 共有された経験に対して、他の参加者やファシリテーターが「問い」を投げかけます。
- 「その時、最も影響を受けたことは何ですか?」
- 「その経験から、どのような学びや気づきを得ましたか?」
- 「もし可能であれば、あの時の自分にどのような言葉をかけたいですか?」
- 「その経験は、今のあなたのリーダーシップにどのように活かされていますか?」
- 「その状況を別の角度から見ると、どのような可能性が考えられますか?」
- 「この経験を通じて、今後挑戦したいことは何ですか?」 これらの問いは、語られた経験をより深く掘り下げ、新たな意味や次の行動へと繋げることを意図します。(「探求」のフェーズ)
- 気づきと学びの共有: 対話全体を通じて得られた気づきや学びを、各自が言葉にして共有します。(「発見」と「統合」のフェーズ)
- チェックアウト: 参加者一人ひとりが、場を終えるにあたっての簡単な感想や今後の行動への意欲などを共有し、対話を締めくくります。
4. ファシリテーターの役割
このような場におけるファシリテーターは、「教える人」ではなく、「場をデザインし、対話の質を高めることを支援する人」です。特にコーチング的な視点を持つファシリテーターは、以下の点を意識します。
- 中立的な姿勢: 特定の意見に偏らず、全員が安心して話せる雰囲気を作る。
- 質の高い問い: 対話が深まるような、オープンで示唆に富む問いを投げかける。
- 傾聴と応答: 参加者の言葉だけでなく、非言語的な情報にも注意を払い、共感的な姿勢で応答する。
- プロセスの管理: 対話がテーマから大きく逸れないよう、しかし柔軟性を持って進行を促す。時間管理も行う。
- 沈黙を恐れない: 答えを探すための「考える時間」を尊重し、沈黙を不必要に埋めようとしない。
自身がホストやファシリテーターとなる場合も、参加者として関わる場合も、このようなコーチング的な関わり方を意識することで、対話の質は大きく向上します。
経験を『活きた知恵』に変える場づくりへ
長年の経験は、私たちプロフェッショナルにとって揺るぎない自信の源泉です。しかし、その経験を単なる「過去の語り」に終わらせず、『変化に対応し、未来を切り拓くための活きた知恵』として昇華させるためには、自身の内側への深い問いかけと、他者との質の高い対話が不可欠です。
コーチングの視点を取り入れた『探求する対話の場』は、経験豊富なプロフェッショナルが互いの知見を掛け合わせ、新たな発見を共有し、共に成長し続けるための強力なプラットフォームとなり得ます。自身の経験をコミュニティに還元し、他者から新たな学びを得たいと願う方にとって、このような場を主体的にデザインし、参加することは、キャリアの後半における貢献のカタチを創り出すことにも繋がります。
ぜひ、あなたの豊富な経験を、コーチング的な対話を通じてさらに輝かせ、周りの人々と共に探求する学びの旅を続けていただけたら幸いです。