長年の経験が「壁」になる時：コーチングで見出すリーダー自身のブラインドスポット
経験豊富なリーダーの「見慣れた景色」と潜在的な盲点
長年にわたり、様々な局面で成果を出し、組織を率いてこられたリーダーの方々は、豊富な経験と深い洞察をお持ちです。培われた判断力や問題解決能力は、多くの場面で強力な羅針盤となります。しかし、その輝かしい経験が、時に新しい状況や多様な価値観への対応において、意図せず「壁」となることがあります。
これは、過去の成功パターンや確立された思考様式が、無意識のうちに現在の状況理解や他者との関わり方を制限してしまう現象とも言えます。リーダー自身にとっては当たり前の「見慣れた景色」の中に、対応すべき変化や気づくべき他者の視点といった「ブラインドスポット（盲点）」が潜んでいる可能性があるのです。
特に、変化の激しい現代において、過去の経験「だけ」に依拠したリーダーシップは、新たな課題への適応を遅らせたり、多様なメンバーのポテンシャルを引き出しきれなかったりするリスクを孕みます。では、この「ブラインドスポット」にどのように気づき、乗り越えていくことができるのでしょうか。ここでコーチングが果たす役割について考察します。
コーチングが照らし出すリーダーの「ブラインドスポット」
コーチングは、答えを与えるのではなく、問いかけを通じてクライアント自身が内省を深め、気づきを得るプロセスを支援します。経験豊富なリーダーにとって、コーチングは自身の「ブラインドスポット」に光を当て、自己認識をアップデートするための強力なツールとなり得ます。
具体的には、コーチは以下のような側面からリーダーの「見慣れた景色」を揺さぶり、新たな視点を提供します。
- 無意識の前提への問いかけ: 長年の経験から「こうあるべきだ」「これは不可能だ」といった無意識の前提や固定観念が形成されていることがあります。コーチは「なぜそう思われるのですか？」「その前提がもし違ったら、他にどのような可能性が考えられますか？」といった問いを通じて、その前提自体に気づかせ、他の可能性を探ることを促します。
- 異なる視点からのリフレクション: 自分自身の行動や他者との関わりについて、コーチという第三者の視点から振り返る機会を提供します。例えば、「その時のあなたの言動は、相手にどのように映ったと思われますか？」といった問いは、自分では気づきにくい他者からの見え方を想像するきっかけとなります。
- 感情や身体感覚への注目: 経験豊富なリーダーほど、論理や思考で状況を分析しがちです。コーチングでは、その状況で自身が感じている感情や身体感覚にも意識を向けさせることがあります。「その話をしている時、どんな気持ちが湧いてきますか？」「身体のどこかに力が入っていませんか？」といった問いは、論理だけでは捉えきれない、自身の内側にある情報への気づきを促します。
- 過去の成功体験の再解釈: 過去の成功体験は強力なリソースですが、同時に同じパターンを繰り返す要因にもなり得ます。「その成功の裏には、他にどのような要因があったと考えられますか？」「今の状況と過去の成功体験の決定的な違いは何でしょうか？」といった問いを通じて、成功体験を多角的に捉え直し、現在への適用可能性や限界を考察します。
具体的な事例に学ぶコーチングの効果
ある長年研究開発部門を率いてきたリーダー（仮にA氏とします）の事例を考えてみましょう。A氏は技術的な専門性が非常に高く、部門のメンバーからの信頼も厚い人物でした。しかし、新しいプロジェクトで異分野の専門家や経験の浅い若手と協働する際に、自身の技術的な正しさを強く主張しすぎる傾向があり、チーム内の対話が停滞することが増えました。
A氏自身は「正しい情報を伝えるのがリーダーの役割だ」と考えており、自分の関わりに問題があるとは気づいていませんでした。コーチとのセッションで、コーチはA氏に「あなたの意図は理解できますが、あなたの言葉を聞いた相手はどのような気持ちになったと思われますか？」「もし、技術的な正しさではなく、チーム全体の合意形成を最優先するとしたら、どのように言葉を選びますか？」といった問いを投げかけました。
初めは戸惑っていたA氏でしたが、コーチの問いかけと自身の過去の関わりを丁寧に振り返る中で、「自分が正しさに固執するあまり、相手の意見を聴く姿勢を示せていなかったかもしれない」「自分の『当たり前』が、他のメンバーにとっては当たり前ではなかったのだ」という盲点に気づき始めました。
この気づきを得てから、A氏は会議での発言を一方的にするのではなく、まずメンバーの意見を「聴く」ことから始めるよう意識しました。自分の意見を述べる際も、「私の考えではこうですが、皆さんの視点はいかがですか？」と問いかけるように変化しました。その結果、チーム内の対話が活性化し、多様な意見が飛び交うようになり、プロジェクトはより創造的な方向に進んでいったのです。
コーチングによる自己探求がもたらすもの
経験豊富なリーダーがコーチングを通じて自身の「ブラインドスポット」に気づくことは、単なる自己反省に留まりません。それは、自身のリーダーシップをより深く理解し、変化に適応し、多様な他者の可能性を引き出すための重要なステップとなります。
コーチングは、リーダーが自身の経験を否定するのではなく、その経験知を活かしつつも、固着した思考パターンから自由になることを支援します。これにより、リーダーはより柔軟で、共感的で、そして未来志向のリーダーシップを発揮できるようになるでしょう。
自身の「ブラインドスポット」に気づき、それを受け入れる勇気を持つこと。そして、コーチという伴走者と共に、自身の内側を探求し続けること。これこそが、経験豊富なリーダーがさらにその影響力を高め、変化の時代を力強く生き抜くための鍵となるのではないでしょうか。