「語り」から「探求」へ:コーチングが深める経験共有の質とコミュニティ価値
経験豊富なプロフェッショナルが直面する「語り」の課題
長年のキャリアで培った経験や知識は、何物にも代えがたい財産です。特に、企業研修講師や元役員といった立場にある方々は、自身の経験を他者に伝え、貢献したいという強い願望をお持ちのことと存じます。プロフェッショナルコミュニティや勉強会など、経験を共有する場も増えています。
しかし、こうした場で自身の経験を語る際に、「一方的な話になってしまい、聴き手が深く関与しない」「聴き手の状況と話がうまく結びつかない」「単なる成功談・武勇伝で終わってしまう」といった課題を感じることはないでしょうか。語り手としては貢献しているつもりでも、聴き手にとっては「いい話を聞いた」で終わってしまい、自身の行動や思考に具体的な変化が生まれないケースも少なくありません。
これは、語り手と聴き手の間に、経験を「共有知」として共に探求するプロセスが不足しているために起こり得ます。経験は貴重な情報ですが、それを聴き手自身の文脈に引きつけ、新たな学びや行動に繋げるためには、単に「伝える」だけでなく、共に考え、探求するアプローチが求められます。
コーチングの視点が経験共有の質を変える
ここで、コーチングの視点が大きな力を発揮します。コーチングは、答えを与えるのではなく、問いかけを通じて相手の内省や自律的な探求を促すコミュニケーション手法です。この視点を自身の経験共有に取り入れることで、「語り」を単なる情報伝達から、聴き手と共に学びを深める「探求の場」へと変容させることができます。
具体的には、以下のような側面でコーチングの視点が役立ちます。
1. 聴き手への意識を研ぎ澄ませる
コーチングの基本は、クライアント(この場合は聴き手)に深く関心を寄せ、その状況やニーズを理解しようとすることです。経験を語る際も、一方的に準備した内容を話すのではなく、「この話の聴き手は誰か」「彼らは何に関心を持ち、どんな課題を抱えているのか」といった点に意識を向けます。話の構成や重点を、聴き手の関心に合わせて調整する意識が生まれます。これは、コーチがセッションの冒頭でクライアントのテーマを確認する姿勢に似ています。
2. 「問い」を散りばめる技術
経験を語る途中で、あるいは語り終えた後に、聴き手への「問い」を意図的に組み込みます。例えば、
- 「こうした状況に、皆さんはどのように対処されてきましたか?」
- 「この経験から得た学びは〇〇だと私は考えていますが、他にどんな学びがあると思われますか?」
- 「私の話を聞いて、ご自身の状況に照らし合わせてみて、何か気づいたことや感じたことはありますか?」
といった問いかけです。これにより、聴き手は受け身で話を聞くだけでなく、自身の経験や知識と照らし合わせ、内省し、考えを巡らせるようになります。単なるインプットが、内的な探求へと変わるのです。
3. 経験の「構造化」と「普遍化」を促す自己内省
自身の豊富な経験は、往々にして「当たり前」に感じられ、改めて言語化したり構造化したりすることが難しい場合があります。コーチングにおける自己内省の視点を持つことで、自身の経験を客観的に捉え直し、「あの時の判断の背景にあった思考プロセスは何か」「あの失敗から得られた普遍的な教訓は何か」といった問いを立てることができます。
この自己内省を通じて、単なる個人的な体験談が、再現性のある学びや普遍的な原則として整理されます。構造化された経験は、聴き手が自身の状況に引きつけて理解しやすくなり、模倣や応用への道が開かれます。
4. 感情や内面のプロセスも共有する勇気
成功談だけでなく、失敗談やそこに至るまでの葛藤、当時の感情なども率直に共有することは、聴き手の共感を呼び、より深い学びを促します。コーチングでは、クライアントの感情や内面の動きにも耳を傾け、それを探求の入り口とすることがあります。経験を語る際も、感情や内面のプロセスを含めることで、話に深みが増し、聴き手は語り手の人間性や思考の軌跡から多くを学ぶことができます。
実践に向けて:コーチング的経験共有のアプローチ
自身の経験をコーチングの視点で共有するために、以下の点を意識してみてはいかがでしょうか。
- 目的の明確化: 「この経験を共有することで、聴き手に何を持ち帰ってほしいか?」を具体的に考えます。単なる情報提供ではなく、聴き手の内省や行動変容を促すことを目指します。
- 聴き手への事前リサーチ: 可能な範囲で、聴き手のバックグラウンドや関心事、抱えている課題などを把握します。
- 「問い」の仕込み: 語る内容に合わせて、聴き手に問いかけたいポイントを事前に準備しておきます。自然な流れで問いを挟めるように構成を考えます。
- 質疑応答の質の向上: 聴き手からの質問に対して、単に答えるだけでなく、「なぜそう思われたのですか?」「その質問の背景にはどんな経験がありますか?」など、さらに問い返して深掘りする姿勢を持ちます。
- 自身の経験への内省: 自身の成功や失敗、困難な状況などを振り返る際に、「あの時、私は何を学んだのか?」「自分自身にどんな問いを投げかけたら、異なる結果になっただろうか?」といったコーチング的な問いを立て、学びを言語化・構造化しておきます。
経験共有が「共有知」となり、コミュニティ価値を高める
このように、コーチングの視点を取り入れた経験共有は、単なる「知っていることの伝達」を超え、「共に探求し、新たな知を生み出すプロセス」へと進化します。語り手は自身の経験をより深く理解し、貢献の実感を得られます。聴き手は、自身の課題と経験談を結びつけ、内省を通じて具体的な学びを得ます。
そして、こうした質の高い経験共有が積み重なることで、コミュニティ全体に深い学びと相互支援の文化が醸成されます。経験豊富なプロフェッショナルが集まる場が、単なる情報交換の場ではなく、互いの知恵や経験を「共有知」として高め合い、共に成長していく「探求するコミュニティ」へと発展していくのです。
あなたの豊かな経験は、コーチングというレンズを通すことで、さらに多くの人々の成長を照らし出す光となります。自身の「語り」にコーチングの視点を加えて、コミュニティにおける貢献の質をさらに高めてみてはいかがでしょうか。