メンター経験者が学ぶコーチング視点:「教える」と「引き出す」の違いと実践
豊富な経験を「教える」だけではない関わり方へ
長年にわたり専門分野で経験を積んでこられた皆様は、組織や後進から「メンター」や「アドバイザー」としての役割を期待されることが多いかと存じます。自身の豊富な知識や経験を惜しみなく伝え、相手の成長をサポートすることは、大変価値のある貢献です。
一方で、時に「どう伝えればもっと自律的に動いてくれるか」「こちらの経験を話しても、いまひとつピンと来ていないようだ」と感じることはないでしょうか。ここで、コーチングの視点が非常に有効な力を発揮します。
メンタリングとコーチング:目的とアプローチの違い
メンタリングとコーチングは、どちらも他者の成長や目標達成を支援する活動ですが、その根底にある考え方やアプローチには重要な違いがあります。
メンタリング:経験と知恵の継承
メンタリングは、一般的に、経験豊富なメンターが自身のキャリアパス、特定のスキル、組織文化、あるいは人生経験から得た知恵や教訓をメンティーに「伝える」「教える」「助言する」プロセスです。メンターは手本となり、具体的な方向性を示すことが多いでしょう。
- アプローチ: 指導、助言、経験談の共有、ロールモデルとしての関わり
- 目的: メンターの経験に基づく成長促進、知識・スキルの効率的な伝達、組織への適応支援
これは、特に経験の浅い人材に対して、早期に立ち上がり、組織の一員として機能するために非常に有効なアプローチです。皆様がこれまで培ってこられた「教える力」「伝える力」が最大限に活かされる場とも言えます。
コーチング:「答えはその人の中にある」を引き出す
一方、コーチングは、「答えはクライアント自身の中にある」という前提に立ち、コーチが問いかけや傾聴を通じて、クライアント自身が気づきを得て、自ら考え、行動することを促進するプロセスです。コーチは直接的な解決策や助言を与えるのではなく、クライアントが自身の内面を探求し、可能性を最大限に引き出せるようサポートします。
- アプローチ: 質の高い問いかけ、アクティブリスニング、承認、フィードバック、目標達成に向けた構造化された対話
- 目的: クライアントの自律的な思考と行動の促進、潜在能力の開発、主体的な目標達成
このアプローチは、特に経験を積み、ある程度の自己課題認識を持っている相手に対して、さらなる飛躍や内省、新たな視点の獲得を促す際に強力な効果を発揮します。
「教える」アプローチと「引き出す」アプローチの実践例
具体的な状況で考えてみましょう。例えば、部下が新しいプロジェクトで困難に直面しているとします。
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メンタリング的アプローチ:
- 「それは私が過去に経験した〇〇の状況に似ていますね。あの時は××のように対処しました。まずは△△を試してみてはいかがでしょうか。」
- 自身の経験に基づいた具体的な解決策や手順をアドバイスします。効率的に問題を解決に導ける可能性があります。
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コーチング的アプローチ:
- 「この状況について、あなたが現時点でどのように見ていますか?」
- 「最も困難だと感じている点はどこでしょうか?」
- 「この状況を乗り越えるために、あなた自身が持っている強みは何だと思いますか?」
- 「これまでに似たような状況でうまく対処できた経験はありますか?その時は何をしましたか?」
- 「もし一つだけ、普段とは違うアプローチを試せるとしたら、何をしてみたいですか?」
- すぐに答えを与えるのではなく、問いかけを通じて部下自身に状況を分析させ、内省を促し、自身のリソース(経験、知識、強み)に気づかせ、自ら解決策を見つけ出すプロセスをサポートします。
メンタリングが「魚を与える、あるいは魚の釣り方を教える」だとすれば、コーチングは「釣り針と糸を与え、『どうすれば釣れるか』を共に考える、あるいは自ら考え出すプロセスをサポートする」と言えるかもしれません。
ベテランがコーチング視点を持つことの意義
豊富な経験を持つベテランリーダーがコーチングの視点を持つことは、多大な意義があります。
- 経験の「押し付け」ではなく「触媒」に: 自身の経験を単に「正解」として教えるのではなく、相手が自身の状況に照らし合わせて応用可能な知恵として引き出せるよう促す「触媒」として機能できます。
- 相手の自律と主体性を育む: コーチング的な関わりは、相手に「自分で考え、自分で決める」機会を与えます。これは、指示待ちではなく、変化に対応し、新しい課題に立ち向かえる自律的な人材育成に繋がります。
- 自身のリーダーシップの幅を広げる: 「指示・命令」や「指導・助言」といったリーダーシップスタイルに加え、「傾聴・問いかけ」によって相手の可能性を引き出すスタイルが加わります。状況や相手に応じた柔軟なリーダーシップを発揮できるようになります。
- 新たな視点と深い関係性の構築: 相手の内面に深く関心を持ち、問いかけるプロセスは、表面的なコミュニケーションでは得られない相手の視点や価値観への理解を深めます。これにより、より信頼に基づいた、深みのある人間関係を築くことができます。
- 自身の内省と学びの深化: 他者にコーチング的に関わることは、自身の思考プロセスやコミュニケーションスタイルを客観的に見つめ直す機会となります。自身の経験知を異なる角度から捉え直し、学びをさらに深めることにも繋がります。
メンタリングとコーチングの戦略的使い分け
では、メンタリングとコーチング、どちらのアプローチを選ぶべきでしょうか。これは、状況、相手の経験レベルや成熟度、そして支援する目的に応じて戦略的に使い分ける、あるいは組み合わせることが賢明です。
- 相手が全く新しい分野に挑戦する場合や、基本的な知識・スキルが不足している場合: まずはメンタリング的に、具体的な情報や手順、成功事例を伝えることが有効かもしれません。
- 相手がある程度の経験を持ち、壁にぶつかっている場合や、自身のキャリアパスについて悩んでいる場合: コーチング的な問いかけによって、自身の内にある答えや新たな選択肢に気づくよう促すことが有効でしょう。
- 両者の組み合わせ: 例えば、まずメンタリング的に自身の経験を共有し、その後「この経験をあなたの状況に活かすとしたら、どのような可能性がありますか?」「この話を聞いて、次にどのような一歩を踏み出したくなりましたか?」といったコーチング的な問いで締めくくることもできます。あるいは、コーチング的な対話で相手の課題や目標を明確にした後、「参考までに、私が過去に似た状況で考慮した点をいくつかお話ししても良いですか?」と切り出し、メンタリング的な情報提供を行うことも可能です。
重要なのは、どちらのアプローチが、目の前の相手の自律的な成長と最大の可能性引き出しに繋がるかを意図的に選択することです。
まとめ
豊富な経験は、それ自体が大きな価値です。その価値を最大限に活かすためには、「教える」というメンタリング的なアプローチに加え、「引き出す」というコーチング的なアプローチの視点を持つことが、現代のリーダーシップにおいてますます重要になっています。
コーチングのスキルや視点を学ぶことは、皆様がこれまで培ってこられた専門知識や経験を、より効果的に、そして相手の主体性を尊重しながら次世代に繋いでいくための強力な武器となります。自身の経験とコーチングを融合させることで、リーダーシップの可能性をさらに広げ、他者への貢献の質を一層高めていくことができるでしょう。
自身の経験を「どう活かすか」「どう伝えるか」という問いに加え、「どうすれば相手が自ら考え、可能性を開花させる手助けができるか」という問いを常に持ち続けることが、成熟したリーダーシップとコーチング実践の深化に繋がると信じています。