ベテランリーダーが若手からの「問い」で学ぶ：逆コーチングが拓く新たな視点
経験が深まるほどに求められる「学び続ける」姿勢
長年のキャリアを通じて培われた知識、経験、そして成功体験は、リーダーにとって何物にも代えがたい財産です。多くの場面で迅速かつ的確な判断を可能にし、チームや組織を力強く牽引する源泉となります。しかし、時代の変化のスピードが増す現代においては、その豊富な経験が時に新たな学びや変化を受け入れることへの障壁となる可能性も否定できません。
特に、多様なバックグラウンドや価値観を持つ若手世代と向き合う中で、自身の「常識」や「正解」が通用しない場面に遭遇することも少なくありません。このような時、リーダーは自身の経験を「教える」立場から一歩進み、「学ぶ」姿勢を持つことが極めて重要になります。そして、その学びの強力なきっかけとなるのが、若手からの「問い」です。
本稿では、この「若手からの問いを通じて、ベテランリーダー自身が新たな学びや気づきを得るプロセス」を「逆コーチング」という視点から考察し、それがリーダーシップにどのような変化をもたらすのかを探求します。
なぜ若手からの「問い」がベテランリーダーの学びになるのか
若手からの問いは、時に表面的には未熟に見えたり、自身の経験からすれば自明なことのように思えたりするかもしれません。しかし、その問いの背後には、現代の価値観、新しい技術への親和性、あるいは単に異なる視点が存在していることが多々あります。
例えば、長年同じ業界で培ってきた「当たり前」に対する純粋な疑問、既存のプロセスに対する効率化の提案、あるいは仕事とプライベートのバランスに対する価値観の違いに基づく問いなどが挙げられます。これらの問いは、経験豊富なリーダーにとっては「考えもしなかった角度からの光」となり得ます。
自身の思考の盲点（ブラインドスポット）を突かれたり、過去の成功体験が必ずしも未来の成功を保証しないことを示唆されたり。若手からの問いは、ベテランリーダーが持つ固定観念を揺さぶり、自己認識を深め、新しい視点を取り入れるための貴重な機会を提供してくれるのです。これは、まさにコーチングにおける「問い」の力が、立場を逆にして発揮されている状態と言えます。
「逆コーチング」として問いを受け止める実践
では、若手からの問いを単なる疑問や異論としてではなく、「逆コーチング」の機会として捉え、そこから学びを得るためには、どのような姿勢や実践が必要でしょうか。
1. 問いの背景にある意図を深く探求する
問いの言葉尻だけでなく、「なぜこの問いが生まれたのだろうか」「この問いを通じて、相手は何を伝えたいのだろうか」といった背景にある意図や感情に耳を傾けることが重要です。表面的な質問の裏に隠された、組織や業務、あるいはリーダー自身に対する鋭い洞察や本音があるかもしれません。
2. 即答せず、共に考えるスタンスを持つ
経験があるからといって、全ての問いに即座に「正解」を与える必要はありません。むしろ、問いを一度受け止め、「良い問いだね。なぜそう思ったのか、もう少し詳しく聞かせてもらえるかな？」「その点について、一緒に考えてみよう」といった形で、共に探求する姿勢を示すことが有効です。このプロセス自体が、若手にとっては思考力を養う機会となりますし、リーダーにとっては問いを深掘りし、新たな気づきを得る時間となります。
3. 自身の経験を「語る」だけでなく「問い直す」
若手からの問いに対し、関連する自身の経験を語ることは非常に価値があります。しかし、その際に単に「こうだった」「こうすべきだ」と教えるのではなく、「私の経験ではこうだったけれど、今の状況ではどうだろうか？」「あの時の判断は、今の視点から見るとどう考えられるだろうか？」のように、自身の経験を問い直す視点を含めることで、対話はより深まります。これは、自身の経験知を相対化し、現代に即した形で捉え直すための重要なプロセスです。
4. 自身のブラインドスポットを受け入れる勇気を持つ
若手からの問いは、自身の経験や知識の範囲外にある視点や、無意識のうちに見落としていた側面（ブラインドスポット）を指摘する場合があります。耳の痛い意見や、自身の経験が否定されたように感じる問いもあるかもしれません。しかし、ここで感情的にならず、客観的に問いを受け止め、「自分にはそう見えていなかったのか」と素直に認める勇気が、新たな学びへの扉を開きます。
「逆コーチング」がもたらすリーダーシップの変化
若手からの問いを「逆コーチング」として積極的に活用することは、ベテランリーダー自身の成長だけでなく、組織全体にも良い影響をもたらします。
第一に、リーダー自身の柔軟性や適応能力が向上します。多様な視点を受け入れることで、変化への対応がよりスムーズになり、より多角的な視点から物事を判断できるようになります。
第二に、チーム内に安全な対話の場が生まれます。リーダーが若手からの問いを歓迎し、共に学ぶ姿勢を示すことで、若手は安心して意見を表明したり、疑問を投げかけたりできるようになります。これにより、活発なコミュニケーションが促進され、心理的安全性の高い組織文化が醸成されます。
第三に、若手自身の成長を促進します。自身の問いがリーダーによって真剣に受け止められ、共に考えられる経験は、若手の自己肯定感を高め、主体的な思考や行動を促します。
まとめ
経験豊富なベテランリーダーにとって、若手からの「問い」は、単なる質問ではなく、自身のリーダーシップを見つめ直し、自己を刷新し、さらなる成長を遂げるための貴重な「逆コーチング」の機会です。
若手からの問いを、自身の経験を相対化し、ブラインドスポットに気づき、新たな視点を取り入れるための鏡として活用すること。そして、問いの背後にある意図を深く理解し、即答せずに共に探求する姿勢を持つこと。これらの実践を通じて、「教える」立場から「共に学ぶ」立場へと進化することは、変化の激しい現代において、リーダーが持続的に影響力を発揮し、組織を活性化していくための鍵となるでしょう。
ぜひ、日々の若手との関わりの中で生まれる「問い」に、意識的に耳を傾けてみてください。そこに、あなたのリーダーシップを次のステージへ押し上げるためのヒントが隠されているはずです。