「こうあるべき」を越えて:ベテランがコーチングで見つける、経験を活かす新たな視点
はじめに
長年のキャリアで培われた経験や知識は、私たちプロフェッショナルにとって何物にも代えがたい財産です。多くの成功体験や、困難を乗り越えてきた知恵は、自信となり、また後進を導く羅針盤となり得ます。しかし、時にその豊富な経験が、変化の激しい現代において、新たな挑戦や異なる価値観への適応を妨げる「固定観念」や「こうあるべき」という内なる声を生み出すこともあります。
特に、過去の成功パターンがそのまま通用しない状況に直面した際、この「こうあるべき」という思考が、新たな一歩を踏み出す足かせとなってしまうケースは少なくありません。では、私たちはこの経験が生み出す固定観念にどのように向き合い、自身の経験を未来への力に変えていくことができるのでしょうか。
本記事では、経験豊富なプロフェッショナルがコーチングを通じて、自身の内にある「こうあるべき」という無意識の前提に気づき、それを問い直すことで、経験を活かす新たな視点や可能性を見出すプロセスについて掘り下げていきます。
経験が時に「こうあるべき」を生み出すメカニズム
私たちは、成功体験や失敗からの学びを積み重ねる中で、無意識のうちに様々な「法則」や「前提」を内面化していきます。「このやり方なら成功する」「あの時はこれでうまくいかなかったから、今回はこうしよう」「リーダーとはこうあるべきだ」「部下はこういうものだ」といった思考は、過去のデータに基づいた、ある種の最適解として形成されます。
これは生存戦略として非常に有効であり、意思決定のスピードを高め、不確実性を減らす助けとなります。しかし、外部環境が激しく変化したり、過去とは全く異なる状況に置かれたりした場合、この内面化された「こうあるべき」が、現実との間にズレを生じさせます。
例えば、かつては指示命令型のリーダーシップで成果を出せた経験が豊富な方が、自律性を重んじるフラットな組織文化でリーダーシップを発揮しようとする際に、「部下には明確な指示を与えるべきだ」「私が全てを把握し、判断すべきだ」といった過去の成功法則に縛られ、チームの主体性を引き出せない、といった状況に陥ることが考えられます。
また、自身の専門領域で深い知見を持つからこそ、異なる領域や新しい技術に対して「それは私の分野ではない」「昔ながらのやり方が一番効率的だ」といった「こうあるべき」に固執し、新たな学びや協業の機会を逃してしまうこともあるかもしれません。
このような状況は、個人の成長を妨げるだけでなく、組織全体の変革やイノベーションの阻害要因ともなり得ます。
コーチングが「こうあるべき」に光を当てる
では、どうすればこの内なる「こうあるべき」に気づき、それを乗り越えることができるのでしょうか。ここで有効なのが、コーチングのアプローチです。コーチは、答えを「教える」のではなく、問いかけを通じてクライアント自身が内省し、自身の考えや前提に気づき、新たな視点を発見することを支援します。
コーチングにおける問いかけは、私たちの思考を司る「自動操縦モード」から意識的に抜け出し、自身の内側深くにある信念や価値観、そして無意識の前提に光を当てることを促します。
例えば、先ほどの指示命令型リーダーシップの例であれば、コーチは以下のような問いを投げかけるかもしれません。
- 「その状況で、あなたが『部下に明確な指示を与えるべきだ』と感じるのはなぜでしょうか?」
- 「もし、部下自身が解決策を見出すと信じるとしたら、どのような関わり方をしますか?」
- 「過去に成功したそのアプローチは、現在のチームの状況や目指す目標に対して、どのようにフィットするでしょうか?」
- 「『リーダーとはこうあるべき』というお考えは、いつ、どのような経験から形成されましたか?そして、今のあなたにとって、その考えはどのような影響を与えていますか?」
これらの問いは、単なる状況分析ではなく、クライアント自身の内面に焦点を当てたものです。自身の思考パターンやその根拠を言語化することで、無意識のうちに持っていた「こうあるべき」という前提が意識化されます。
新たな視点を見出し、経験を再定義するプロセス
「こうあるべき」という前提が意識化された後、コーチングはさらにその前提を「問い直す」段階へと進みます。
- 「その『こうあるべき』という前提が、もし全くなかったとしたら、この状況をどのように捉え直せますか?」
- 「過去の経験から得た学びの中で、現在の状況に最も役立つものは何でしょうか?それは具体的にどのような知恵やスキルですか?」
- 「もし、過去の成功体験を『唯一の正解』ではなく、『数ある可能性の一つ』として捉え直すとしたら、どのような選択肢が見えてきますか?」
- 「『こうあるべき』という声に従う代わりに、あなたが本当に大切にしたい価値観は何ですか?その価値観に基づくと、この状況でどのような行動が考えられますか?」
このような問いを通じて、クライアントは自身の経験を否定するのではなく、それを「過去のコンテキストにおける有効な手段」として相対化し、現在の状況や未来の目標に照らして、経験の中から活かせる本質的な知恵やスキルを再発見していきます。
これは、経験を「呪縛」から「資源」へと再定義するプロセスと言えるでしょう。過去の成功パターンに固執するのではなく、その経験から得られた「本質的な洞察力」「困難な状況での粘り強さ」「人との関わり方に関する深い理解」といった普遍的な強みを、新しい状況に合わせてどのように応用できるかを、コーチとの対話の中で探求していくのです。
まとめ:経験知とコーチングが拓く未来への道
経験豊富なプロフェッショナルにとって、コーチングは単なるスキルの習得以上の価値を提供します。それは、長年かけて築き上げた自身の内なる世界を深く探求し、無意識の前提に気づき、それをしなやかに乗り越えていくための強力なツールです。
「こうあるべき」という固定観念は、私たちが過去に賢く適応してきた証でもあります。それを否定するのではなく、コーチングの力を借りて意識化し、問い直し、自身の豊富な経験の中から未来への変化に適応するための新たな視点や可能性を引き出すこと。これこそが、成熟したリーダーシップがさらに進化していくための重要なステップと言えるでしょう。
もしあなたが、自身の経験が時に壁になっていると感じたり、過去の成功パターンが通用しない状況に直面していたりするなら、コーチングを通じて自身の内面を探求し、「こうあるべき」を越えた新たな視点を見出す旅に出てみることをお勧めします。あなたの豊かな経験は、必ず未来への力となるはずです。