経験に裏打ちされた「直感」を言語化する：ベテランがコーチングで探る次世代への伝え方
経験の蓄積がもたらす「直感」の価値と、その伝え方
長年の実務経験や多くの修羅場をくぐり抜けてきたリーダーにとって、「直感」は重要な判断基準の一つとなっていることでしょう。膨大な情報や過去の事例が、無意識のうちにパターンとして認識され、論理的な思考よりも速く、時に的確な答えを導き出す。これは、経験豊富なプロフェッショナルだけが持ちうる貴重な力です。
しかし、この直感を他者に伝えることは、時に非常に困難を伴います。なぜなら、直感は言語化されていない、あるいは言語化が難しい思考プロセスを経て生まれるからです。「なんとなくこう感じた」「過去の経験から嫌な予感がした」といった表現では、その背景にある深い洞察や根拠が伝わりにくく、受け手にとっては単なる勘や個人的な意見に聞こえてしまう可能性があります。
特に、次世代を育成する立場にあるベテランリーダーにとって、この「直感」という暗黙知をどう伝えるか、あるいはどうすれば相手自身がその直感に至るような思考回路を身につけられるようにサポートするかは、大きな課題です。単に「こうしなさい」と指示するだけでは、相手の自律的な成長や深い学びには繋がりにくいことを、私たちは経験から知っています。
では、この経験に裏打ちされた「直感」を、どのようにすれば効果的に、そして後進の成長を促す形で伝えることができるのでしょうか。ここでコーチングの視点が大きな役割を果たします。
「直感」の正体を探る：内省を促すコーチング的アプローチ
直感は、私たちの脳が過去の経験から素早く関連性を見つけ出し、未来を予測しようとする高度な働きです。しかし、その判断に至るまでのプロセスは、意識の表面には現れにくいものです。コーチングは、まさにこの「意識の表面下に隠された思考プロセス」を掘り下げ、言語化する手助けとなります。
ベテランリーダー自身が自身の直感を言語化しようとする際、あるいは後進に自身の直感の根拠を伝える際、コーチングで用いられるような「問い」が有効です。例えば、以下のような問いは、直感の背景にある無意識のパターン認識に光を当てることができます。
- その時、あなたは具体的にどのような情報やサインに注目していましたか？
- 過去に似たような状況はありましたか？その時の経験で、今回の直感に影響を与えているものは何でしょうか？
- もし、その直感を言葉で説明するとしたら、どのようなキーワードが浮かびますか？
- その直感は、どのような「リスク」や「機会」を示唆していると感じますか？
- そのように感じた「根拠」を、もし3つ挙げるとしたら何になりますか？
これらの問いは、単に「なぜそう思ったのか」と聞くよりも、具体的な状況や過去の経験に焦点を当てることで、曖昧だった直感の輪郭を捉えやすくします。リーダー自身がこれらの問いに答えるプロセスは、自己の内省を深め、自身の判断基準や思考パターンをより明確に理解する機会となります。
他者の「直感」を引き出し、磨く：育成におけるコーチングの活用
さらに、ベテランリーダーが後進に対してコーチングを行う場面でも、直感というテーマは重要になります。経験の浅いメンバーにも、彼らなりの「直感」や「違和感」が存在する可能性があります。しかし、それを言葉にする自信がなかったり、それが意味するところを理解できていなかったりすることが少なくありません。
ベテランリーダーは、自身の経験を語るだけでなく、後進のそうした「直感」や「違和感」に気づき、それを引き出すような問いかけをすることで、彼らの内なる声に耳を傾け、経験学習を促進することができます。
- この状況について、あなたが「なんとなく気になる」点はありますか？
- もし、この件について「良い兆候」か「悪い兆候」かを感じるとしたら、どちらに傾きますか？それはなぜでしょうか？
- 過去の経験や学んだ知識と照らし合わせて、何か関連する点や違いはありますか？
- あなたの直感に基づいて、次にどのような行動を取るのが適切だと感じますか？
このような問いかけを通じて、後進は自身の感覚や直感を無視せず、それを言語化し、その背景にある思考や知識と結びつけようと試みます。ベテランリーダーは、そのプロセスをサポートし、必要に応じて自身の経験や知識を共有することで、後進の直感をより洗練された「洞察」へと高める手助けができるのです。
まとめ：コーチングで「直感」という経験知を活かす
長年の経験によって培われた「直感」は、ベテランリーダーの強力な武器です。しかし、それを効果的に活かし、次世代に継承していくためには、言語化し、構造化する努力が必要です。コーチングは、自己の内省を通じて自身の直感の源泉を探るためにも、他者の内なる声を引き出し、彼らの直感を磨くためにも、非常に有効なアプローチとなります。
経験豊富なリーダーの皆様が、ご自身の直感を再発見し、それを他者との対話の中でより深く理解し、伝えるための一助となれば幸いです。自身の「直感」という貴重な財産を、コーチングの力を借りて、ぜひ惜しみなく次世代の育成に活かしていきましょう。