困難な対話に挑む:ベテランリーダーが活かすコーチングコミュニケーション
経験が深まるほど難しくなる「対話」の壁
長年のキャリアの中で、多くのリーダーシップの場面を経験されてきた皆様にとって、人との関わり、特に「対話」の重要性は言うまでもありません。指示、報告、相談、フィードバックなど、日常的に様々な対話が行われます。しかし、中には一筋縄ではいかない「困難な対話」が存在します。
例えば、部下の期待外れのパフォーマンスについて話す場合。部門間の連携がうまくいかず、率直な意見交換が必要な場合。あるいは、組織構造や方針に対して、長年の経験からくる懸念を提言しなければならない場合。これらの場面では、単に「伝える」だけでなく、相手の感情や立場、背景にある真意を理解し、建設的な着地点を見出す高度なスキルが求められます。
経験を積めば積むほど、状況を素早く分析し、最適な「解」が見えてくることも増えるでしょう。しかし、その「解」を一方的に伝えても、相手の納得や自律的な行動に繋がらないことがあります。特に、相手が感情的になっていたり、問題の捉え方が根本的に異なっていたりする場合、対話は平行線を辿り、関係性を損なうことさえあります。
このような「困難な対話」において、ベテランリーダーの豊富な経験に「コーチング」の視点を加えることが、突破口を開く鍵となります。
コーチングの視点が困難な対話にもたらすもの
コーチングは、相手の中に答えがあるという前提に立ち、問いかけや傾聴を通じて、本人の気づきや自律的な行動を引き出すコミュニケーション手法です。一見、迅速な意思決定や指示が必要なリーダーシップの場面とは異なるように思えるかもしれません。しかし、「困難な対話」においては、このコーチングのアプローチが非常に有効に機能します。
なぜなら、困難な対話の多くは、単なる情報伝達の不足ではなく、感情のもつれ、価値観の違い、隠された恐れや願望など、目に見えない要因が複雑に絡み合っているからです。リーダーが一方的に正論を述べたり、解決策を押し付けたりしても、これらの深層にある要因に触れられない限り、問題は根本的に解決しません。
コーチングの視点を取り入れることで、リーダーは対話の焦点を「問題を解決してあげる」ことから、「相手が自ら問題を捉え直し、解決に向けて動き出すのを支援する」ことへとシフトできます。これにより、以下のような効果が期待できます。
- 相手の真意や感情の理解: 形だけの言葉ではなく、その裏にある感情や本当に伝えたいことを、より深く聴き取れるようになります。
- 問題の共有と共感: リーダーだけでなく、相手も問題を「自分ごと」として捉え、共に解決策を考える姿勢が生まれます。
- 自律性と納得感の向上: 押し付けられた解決策ではなく、自分で気づき、考え出した結論には、行動への強い動機が伴います。
- 関係性の強化: 互いを尊重し、理解しようとする姿勢は、信頼関係を深めます。
経験を活かしつつコーチングを取り入れる実践ヒント
では、長年の経験をお持ちのリーダーが、どのようにコーチングの視点を日々の困難な対話に取り入れられるでしょうか。いくつかの実践的なヒントをご紹介します。
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「答えを言いたくなる衝動」を抑える: 豊富な経験は、問題の構造を即座に見抜き、解決策を閃かせる力になります。しかし、困難な対話の場では、すぐに答えを伝える前に一呼吸置いてください。「もし私ならこうするな」という内なる声を少し横に置き、「この人はこの状況をどう捉えているのだろう?」という問いを自分に投げかけてみます。
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徹底的な「傾聴」に徹する時間を設ける: 相手の話を、評価や判断を挟まず、ただ「聞く」ことに集中します。特に感情的な発言があったとしても、遮らず、まずは最後まで受け止めます。相槌や繰り返し(オウム返し)を効果的に使い、聴いている姿勢を示します。「なるほど、そう感じていらっしゃるのですね」「具体的には、どのような状況だったのでしょうか」といった言葉が有効です。
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「Why」だけでなく「What」「How」で問いかける: 問題の原因を掘り下げる「なぜ(Why)」という問いは、時に相手を責められているように感じさせることがあります。「何が起きたのか(What)」「どう感じたのか(How you felt)」「これからどうしたいのか(How you want to proceed)」など、客観的な状況や相手の内面に焦点を当てた問いかけが、対話を前に進めることが多いです。また、解決策を問う際も、「どうすれば(How)」と問いかけ、相手の中からアイデアを引き出します。
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感情に寄り添い、言語化を促す: 困難な対話には、必ずと言って良いほど感情が伴います。リーダーがまず相手の感情(怒り、不安、失望など)に気づき、それを否定せず受け止める姿勢を示すことが重要です。「それは辛かったですね」「悔しい思いをされたのですね」など、共感の言葉を伝えます。さらに、「その時の気持ちをもう少し言葉にしていただけますか?」などと促すことで、感情が整理され、理性的な対話へと繋がりやすくなります。
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対話の「目的」を明確にする: この困難な対話を通じて、最終的にどのような状態を目指したいのか、リーダー自身の中で明確にしておきます。単に問題を指摘することか、改善策を合意することか、関係性を修復することか。目的が明確であれば、対話中に脱線しそうになった時も軌道修正しやすくなります。そして、可能であれば対話の冒頭で、この対話の目的(例:「この件について、お互いが納得できる道を探したいと考えています」)を相手に伝えることも有効です。
経験値とコーチングの融合が拓くリーダーシップ
長年の経験によって培われた深い洞察力や問題解決能力は、リーダーにとってかけがえのない財産です。そこにコーチングの「聴く力」「問いかける力」「相手の内面を引き出す力」が加わることで、困難な対話は、単なる問題解決の場から、関係性を強化し、相手の成長を促し、組織全体のエンゲージメントを高める機会へと変わります。
これは、一方的に「教える」ことや「指示する」こととは異なる、新しいリーダーシップの形と言えるかもしれません。特に、経験豊富なリーダーの皆様がこのコーチング視点を取り入れることで、自身の知識や経験を単に伝承するだけでなく、相手の中に眠る可能性を引き出し、自律的な成長を支援する、より影響力の大きな貢献が可能になります。
困難な対話に挑むことは、リーダー自身の内省と成長を促す機会でもあります。対話を通じて、自身のコミュニケーションの癖に気づいたり、相手への理解が深まったりする中で、リーダーシップの幅はさらに広がっていくでしょう。ぜひ、日々の対話の中で、意識的にコーチングの視点を取り入れてみてください。それはきっと、皆様のリーダーシップを新たなレベルへと引き上げる一歩となるはずです。