ベテランリーダーが陥りやすい「教えすぎる」罠:コーチングで他者の自律を引き出す関わり方
ベテランリーダーが直面する特有の課題:「教えすぎる」傾向
長年の経験を通じて蓄積された知識と洞察は、組織にとってかけがえのない財産です。特に、リーダーという立場においては、この豊富な経験が部下や後進の育成において大きな力となります。しかし、時にこの経験が、他者の自律的な成長を阻害する「教えすぎる」という罠につながることがあります。
私たち経験豊富なプロフェッショナルは、過去に多くの成功と失敗を経験し、「こうすればうまくいく」「これは避けるべきだ」という確固たる知見を持っています。この知見を惜しみなく共有したいという善意から、部下や同僚からの相談に対し、すぐに「答え」や「最善のやり方」を提示してしまうことがあります。
例えば、部下がある課題に直面し、考え込んでいる様子を見たとします。その課題に対して過去の経験からすぐに解決策が浮かぶ時、私たちは反射的にその解決策を伝えたくなる衝動に駆られます。「ああ、それはね、こうすればいいんだよ」「前に同じようなケースがあったんだけど、その時はこうやったんだ」といった言葉が、つい出てきてしまうのです。
なぜ「教えすぎる」ことが課題となるのか
こうした「教えすぎる」という関わり方が、一時的には効率的であるように見えるかもしれません。しかし、長期的に見ると、いくつかの課題を生み出す可能性があります。
- 相手の思考停止: 常に「答え」を与えられることに慣れてしまうと、相手は自分で深く考えたり、複数の選択肢を検討したりする機会を失います。結果として、応用力や問題解決能力が育ちにくくなります。
- 主体性の低下: 指示された通りに動くことが習慣化し、自分で考え、判断し、行動するという主体性が損なわれる恐れがあります。
- 自信の喪失: 自分で解決策を見つけられたかもしれない機会を奪われることで、「自分には考える力がない」「いつも誰かに頼らなければならない」といった無力感や自信の低下を招く可能性があります。
- 新しい発想の排除: 既存の経験に基づいた「正解」を伝えることで、相手の中に生まれうる新しい視点や独創的な発想の芽を摘んでしまうことがあります。
では、なぜ経験豊富なリーダーは「教えすぎる」傾向に陥りやすいのでしょうか。背景には、良かれと思っていること、効率を重視したい気持ち、自身の成功体験への信頼、そしてもしかしたら相手が失敗することへの潜在的な不安などがあると考えられます。
コーチングのアプローチ:「教える」から「引き出す」へ
ここで、コーチング的な関わり方が力を発揮します。コーチングは、相手の中に既に答えや解決策が存在すると捉え、効果的な「問いかけ」や「傾聴」を通じて、それらを相手自身に引き出すことを目的とします。
ベテランリーダーがコーチングのアプローチを取り入れるということは、「豊富な経験を封印する」ことではありません。むしろ、その経験を背景に持ちながら、相手が自ら考え、気づきを得られるような関わり方にシフトするということです。
具体的な実践方法として、以下のようなコーチングスキルが有効です。
- 徹底した傾聴: 相手が話している内容だけでなく、声のトーン、表情、話し方などから、その背景にある感情や本当に伝えたい意図を汲み取ろうとします。途中で遮らず、相手が話し終えるまで耳を傾けることが基本です。「なるほど」「それで、どう感じましたか?」といった相槌や促しを挟みながら、相手が安心して話せる場を作ります。
- パワフルな問いかけ: 答えを教えるのではなく、相手に考えを深めさせる問いを投げかけます。
- 例:「あなたはどうしたいですか?」「この状況をどう見ていますか?」「いくつかの選択肢がありそうですが、それぞれどのようなメリット・デメリットがあると考えられますか?」「過去の経験から、何かヒントになることはありますか?」「もし理想通りに進むとしたら、次に取るべきステップは何でしょう?」「そのステップを踏むことで、どんな結果が期待できますか?」 オープンな質問(Yes/Noで答えられない質問)を多用し、相手の内省を促します。
- 承認とフィードバック: 相手の考えや感情を受け止め、「それは面白い視点ですね」「そこに気づいたのは素晴らしいです」といった承認の言葉を伝えます。フィードバックは、評価ではなく観察に基づいた事実を伝え、「〇〇という言動から、〜〜という意図があるように感じましたが、いかがですか?」のように、一方的にならないように配慮します。
日常の実践とベテランリーダー自身の成長
これらのスキルを日常のコミュニケーションに取り入れることで、徐々に「教える」モードから「引き出す」モードへのシフトが可能になります。もちろん、緊急時や相手が本当に知識を必要としている場面では、経験に基づいた指導も必要です。重要なのは、状況に応じてこれらの関わり方を使い分けることです。
このシフトは、単に他者の成長を促すだけでなく、ベテランリーダー自身の成長にもつながります。相手の考えや視点に触れることで、自身の凝り固まった考えを再評価したり、新しい知識や方法論を学ぶきっかけになったりします。また、他者の自律的な成長を支援するプロセスそのものが、自身のリーダーシップの定義を深める貴重な体験となります。
ご自身の豊富な経験を「答え」として提供するだけでなく、相手の「可能性」を引き出すための触媒として活用すること。コーチング的な関わり方は、まさにそのための有効な手段です。自身のリーダーシップをさらに進化させ、より多くの人々の力を引き出すために、今日から少しずつでも意識して取り入れてみてはいかがでしょうか。